

東京都府中市にある大東京綜合卸売センター(府中市場)。ここは地元の人々に長く愛され続けてきた歴史ある市場です。その一角に、訪れる人を温かく迎えてくれるご夫婦が営む「のんしゃらん食堂」があります。まぐろ丼やスパイスカレーを看板メニューに、今年で開店14周年を迎えるこの食堂は、まさに“のんしゃらん(無頓着な、のんきな、平然とした)”な精神で日々挑戦を続ける夫婦の物語が詰まった場所です。
今回は、お店を営むご夫婦の奥様である宮沢ゆいさんに、お店をオープンするまでの経緯と、これからの展望についてお話を伺いました。
家族の時間を求めて市場の中へ
宮沢さんがお店を始めたきっかけは、「家族でもっと一緒にいられる環境を作りたい」という想いから始まったものでした。お父さんがサラリーマンだったこともあってか、週に1回くらいしか顔を合わせられなかった幼少期を経たためか、自分の家族とはなるべく時間を共にしたいと思っていたといいます。
とはいえ、初めからお店を持つ選択を取ったわけではありません。そもそも飲食業とは縁もゆかりもなかったお二人。それというのも、もともと宮沢さん夫妻はお二人ともIT会社に勤めるシステムエンジニアだったのです。


「結婚してすぐの頃、夫が心身を崩してしまったんです。人間関係のストレスが重なり、本当に毎日辛そうで……。週に1、2回しか一緒にいられないのに、その時間さえも楽しくない時間になってしまっていました」と、宮沢さんは語ります。
やがてご主人が自宅療養のため会社を辞め、宮沢さんは将来について考え始めるようになります。できることなら、夫婦で一緒にできる仕事がしたい——そんな中、2011年頃になって、お二人には運命的な出会いが訪れます。それが、1枚の貼り紙でした。「お店をやってみたい方募集します」と書かれた貼り紙が貼り出された場所は、以前はマグロ丼のお店だった場所。
「夫婦で『やってみたいよね?』と軽いノリで、事務所に話を聞くつもりで行ってみたら『ぜひどうぞ!』と快く受け入れてもらえたんです。お店ってこんな簡単にできちゃうモノなの!?って……」
IT業界から脱サラするド素人が、その場の流れで始めることになった飲食店。それでも決断に踏み切ったのは、家族の心身不調、また当時は震災の影響もあり、「命や人生について正面から向き合いたい、もっと納得できるような生き方をしなきゃ」という思いが強かったといいます。
「『自分の生きたいように生きなきゃ。やるなら今だ!』と一念発起して始めることにしました」

ゼロからの挑戦、必死の修行
「オープンしたばかりの頃は、メニューも2、3種類しかなかったんですよ」と、宮沢さん。なにせ、飲食のノウハウは全く無いところからのスタート。宮沢さんでさえ、かろうじて居酒屋のホールスタッフ程度の経験しかありません。正真正銘、見紛うことなき素人の出店です。
なんとか生み出したメニューも、キーマカレーと、豚バラの中華風角煮を乗せた「のんしゃらん丼」の2種類だけ。ですが、前身のお店の名物がマグロ丼だったこともあり、訪れるお客様からは「マグロ丼はないの?」と頻繁に聞かれるばかりで、宮沢さんは大きなプレッシャーを感じたといいます。


そんな中、ご主人行きつけの飲み屋のマスターからのご縁で、築地の魚河岸の魚屋さんがマグロを持ってきてくれるように! しかしながら、これまで料理経験がほとんどなかったお二人にとって、マグロを扱うのは並大抵のことでありませんでした。
「私、実はもともと料理は全然ダメで。夫はちょっとできるんですけど、さすがにマグロのブロックはハードルが高すぎました。だって、これまでアジもさばいたことがなかったんですよ!(笑) 見様見真似でなんとか切ってみても、筋っぽくなっちゃったり、皮がついていて食べられたものじゃなかったり……」
正しい解凍の仕方さえ知らず、試行錯誤の連続は続きました。「魚屋さんに『もっと簡単なサク下さい!』って言ったら怒られました(笑)」と、当時を思い返して宮沢さんは笑います。


そんな中、またしても運命的な転機が訪れます。魚屋さんの紹介で出会った板前さんが、親切にも足繫く教えに来てくれることになったのです。彼にはマグロの解凍の仕方から、丼のたれの作り方まで、1から丁寧に教わりました。
「今でも使っている『板前直伝のたれ』は、門外不出のレシピを特別に教えてもらったんです。食器の選び方まで全部その人が一緒に選んでくれました。その方がいなかったら、今の『のんしゃらん食堂』はなかったと思います」
こうした一生懸命な修行を経て、現在ののんしゃらん食堂は、豊洲市場直送の新鮮なマグロを使ったまぐろ丼と、改善を重ねてきたオリジナルメニューで人を呼ぶ、地元でも人気の飲食店として定着するに至ったのでした。


※価格は取材時のもの
「がむしゃらん食堂」と呼ばれる挑戦精神
一念発起の起業から14周年を迎えたのんしゃらん食堂。フランス語の「nonchalant」に由来する言葉で、日本語では『無頓着な、のんきな、平然とした』という意味を持つ単語を命名した同店ですが、宮沢さんいわく、お店のコンセプトは「チャレンジ」だといいます。
「来たものはとりあえず受けてみるようにしてみます。『がむしゃら』さが強みですね。夫からは『がむしゃらん食堂』って揶揄されることもあります(笑)」
近年では、府中市郷土の森博物館でお弁当販売を行ったり、地域のアートイベント「THE ART FUCHU 2024」に出店したりと、お店の外にも積極的に飛び出しています。新しいことに挑戦しつづけようとする姿勢は、オープン当初から今まで変わっていません。


もう一点、気になるのは生活面です。システムエンジニア時代と比べて大きく変わっただろう暮らしについて、宮沢さんは朗らかに答えてくれました。
「お金の面で言えば全然苦しいですけど(笑)、家族と過ごす時間は今の方が自由ですね。繁忙期は、それこそ寝る間も惜しむほどですけど、それ以外は自分の裁量で時間を使えていると思います。何より、お客様を含めたみんなで“おいしい時間”を過ごせるようになってきたのが嬉しいです」
市場の中だからこその魅力と強み
府中市場内ならではの強みもあります。
「市場の中にあるからこそ、市場に買い物に来た方が、自然と立ち寄ってくれるのはありがたいですね。舌の肥えた市場のお客様に鍛えられている実感があります」
市場内の他の店舗との連携も、お店の魅力を高めています。鮮魚店や八百屋さんから直接食材を仕入れることで、新鮮な食材を提供できることも大きなメリットだといいます。「市場のお店同士で助け合いながらやっているので、困ったときはすぐに相談できる環境があるのも心強いです」と、宮沢さん。


そんなのんしゃらん食堂のおすすめは「市場満喫セット」。ミニ海鮮盛丼とカレーが両方同時に楽しめる、のんしゃらん食堂の魅力が詰め込まれた逸品です。
カレーは12種類のスパイスを使い、14年間作り続けて辿り着いた味。お客様の反応を見ながら、少しずつ改良を重ねてきた、オープン当初からの人気メニューです。また、自慢のミニ海鮮盛丼も、例の板前さんから教わった特製のたれと、丁寧に下ごしらえされたマグロの旨味が絶妙にマッチしています。
他にも、季節限定メニューや日替わりのおかずなど、常に新しい味を提供することも心掛けています。もっとワクワクしてもらえるように、また来たいと思ってもらえるように、いつも何か新しいことに挑戦している宮沢さんご夫婦です。
「おいしい時間」の輪を広げていきたい
「家族と一緒にいたい」という当初の想いも、開店から14年が経ち、徐々に形を変えつつあります。特に大きな存在となっているのが、お客様の存在。常連のお客様の中には、開店当初から来てくれている方も多く、その方たちとの関係は家族のように大事だといいます。
幼かったお客様のお子さんが、やがて大きくなって、今では家族で店に関わってくれるようになる——そういう長いお付き合いができるのも、このお店を続けていて良かったなと思うことのひとつだと、宮沢さんは語ります。
「具体的に何をしていこうかというのは模索中ですが、目の前に来たことを全力でがむしゃらにやっていくのは変わらないと思います。これからも『のんしゃらん』な精神で、お客様に喜んでもらえるお店であり続けたいですね」
自由気ままに、楽しく挑戦し続けていく
サラリーマン時代の安定した収入は手放したものの、家族との時間や毎日の充実感には恵まれるようになったというご夫婦。「のんしゃらん」という名前のとおり、前向きな挑戦を続ける姿勢が、訪れる人々の心を温かくしているのでしょう。
市場という人々の暮らしに寄り添う場所で、これからも「のんしゃらん」な挑戦を続けるお二人の笑顔は、府中の街の大切な風景になっています。



のんしゃらん食堂
WEBサイト/Instagram/X(旧Twitter)
【店舗住所】
〒183-0025 東京都府中市矢崎町4丁目1
大東京綜合卸売センター 第1通路
【TEL】070-5465-8625
※混雑時間帯は対応できない場合がございます
(ご連絡の際は「府中で暮らそう!」を見たとお伝えください)
【営業時間】
平日/11:00~21:00
土曜/7:00~21:00
【定休日】
日曜・祝日不定休
※営業時間・定休日は変更になる場合があります。
詳しくはお電話でご確認ください。