薬膳は、やりたいことを叶えるための「メディア」──夢みる薬膳研究室の新たな船出

キッチンのカウンター越しに、楽しそうに話をする笑顔の女性。緑のニットにデニムのエプロンを着用し、大きめの丸い眼鏡と個性的な腕時計が印象的。背景には、黄色のやかんやガラスの急須などが置かれた整頓されたキッチンが見える。温かみのある室内で、家庭的な雰囲気が感じられる。
夢みる薬膳研究室 室長・伊藤邦恵さん
キッチンのカウンター越しに、楽しそうに話をする笑顔の女性。緑のニットにデニムのエプロンを着用し、大きめの丸い眼鏡と個性的な腕時計が印象的。背景には、黄色のやかんやガラスの急須などが置かれた整頓されたキッチンが見える。温かみのある室内で、家庭的な雰囲気が感じられる。
夢みる薬膳研究室 室長・伊藤邦恵さん

 2025年1月26日(日)。府中市栄町で、ちょっと不思議なお店がオープンしました。その名も「夢みる薬膳研究室」。お店を主宰しているのは、国際機関に認定された薬膳資格の最高峰のひとつでもある『国際薬膳師』の伊藤邦恵さん。彼女はこの研究室の“室長”として、日々薬膳の面白さを説き続けています。

 広告・デザインの世界を経て、子育てや自身の体調不良をきっかけに薬膳の道へとたどり着いた伊藤さん。彼女が今、府中で伝えたい「薬膳のある暮らし」とは、いったいどんなものでしょうか。

きっかけは、「また一日が始まってしまった」と思う朝

 もともとは美大を卒業後、デザイン広告会社でWebデザインやプランナーをしていたという伊藤さん。中でも好きだったのは、社内外から異なる属性の人を集めて行うイベント企画の仕事。持ち前のアイデアと行動力で、家具メーカー×フードコーディネーターの異色コラボによる「仏像ナイト」など、ユニークな機会を多数設けてきたといいます。

 伊藤さんのキャリアに大きな変化が訪れたのは、第一子を授かった頃のこと。つわりが酷くなり仕事を辞め、専業主婦になった彼女には、次第に産後うつの兆候が表れ始めます。そうして三児の母となる頃には、持ち前の明るさは鳴りを潜め、朝が来るたびに「また一日が始まった」と絶望するほどでした。

室内の窓際で、木製の椅子に座って笑顔を見せる女性。緑のニットとデニムのオーバーオールを着用し、スリッパを履いてリラックスした様子。隣の椅子には小さな花瓶に活けられた紫の花が置かれている。シンプルで温かみのあるインテリアが特徴の空間で、窓の外には夕暮れ時の景色が見える。
「当時は食べることさえ疎かになっていた」と語る伊藤さん
室内の窓際で、木製の椅子に座って笑顔を見せる女性。緑のニットとデニムのオーバーオールを着用し、スリッパを履いてリラックスした様子。隣の椅子には小さな花瓶に活けられた紫の花が置かれている。シンプルで温かみのあるインテリアが特徴の空間で、窓の外には夕暮れ時の景色が見える。
「当時は食べることさえ疎かになっていた」と語る伊藤さん

 そんな伊藤さんが薬膳と運命的な出会いを果たしたのは、まさにこの低迷期中のこと。

「たまたま読んだ育児雑誌に、『気持ちが上がる、元気になるレシピ』が載っていたんです。それが薬膳特集でした。『これならできそうかな……』と、久々に台所へ立ったんです」

 紹介されていたレシピは、意外にも、鶏肉ときのこのあんかけ茶碗蒸しというシンプルなもの。「心もからだも元気になる」というやさしいメッセージと共に紹介されていたそれを、他ならぬ自分のために作ってみたとき、彼女に大きな変化が訪れました。驚くほど心が軽くなり、今までにないほど気力が満ちてきたのです。

薬膳材料を漬け込んだ3本のガラス瓶がキッチンのステンレストレイの上に並んでいる。右から「山楂子(さんざし)」と「老陳皮(ちんぴ)」と書かれた瓶には輪切りの乾燥果実が漬けられ、茶色い液体に浸っている。他の瓶にも漢方素材が入っており、手書きのラベルが貼られている。丁寧に管理された薬膳素材の仕込み風景を捉えた一枚。
使う材料もできる限りお店で仕込むようにしている
薬膳材料を漬け込んだ3本のガラス瓶がキッチンのステンレストレイの上に並んでいる。右から「山楂子(さんざし)」と「老陳皮(ちんぴ)」と書かれた瓶には輪切りの乾燥果実が漬けられ、茶色い液体に浸っている。他の瓶にも漢方素材が入っており、手書きのラベルが貼られている。丁寧に管理された薬膳素材の仕込み風景を捉えた一枚。
使う材料もできる限りお店で仕込むようにしている

ひと匙の薬膳が、心と暮らしをととのえる

 結局、人間が生きていくうえで主体となるのは“自分のからだづくり”なのだと思い至った伊藤さんは、そこから薬膳を学び始めます。

「最初は趣味の延長のようなもの。でも、ちょっと講座を受けてみて、アドバイザーの資格が取れた途端、すごく嬉しくなっちゃって(笑)。専業主婦になってから、初めて目標を達成できた出来事だったからかもしれません」

木製テーブルの上に置かれたガラスのカップに入った温かい薬膳茶。深い赤褐色の液体から湯気が立ち上り、リラックスした雰囲気を演出している。カップの奥には薬膳や料理に関する冊子が置かれており、表紙には写真と説明文が掲載されている。温かみのある空間でのひとときを感じさせる構図。
おすすめの「酸梅湯」はほんのり甘酸っぱい
木製テーブルの上に置かれたガラスのカップに入った温かい薬膳茶。深い赤褐色の液体から湯気が立ち上り、リラックスした雰囲気を演出している。カップの奥には薬膳や料理に関する冊子が置かれており、表紙には写真と説明文が掲載されている。温かみのある空間でのひとときを感じさせる構図。
おすすめの「酸梅湯」はほんのり甘酸っぱい

 やがて本格的に薬膳を学び始め、中医薬膳師、国際薬膳師と資格を取得していった伊藤さん。国際薬膳師は、試験の採点自体も本場・中国で行われている、薬膳界における最高位の資格。それほどまでにディープな学びを追究しながらも、伊藤さん自身は、過度なこだわりは持たないようにしているそうです。

「薬膳って、どうしても敷居が高いと思われがち。でも、実は身近な食材だって、体に入ればすべて薬膳なんです。だって、効能がない食べ物なんてひとつもないんですから。絶対こうしなきゃ、というより『まぁこのくらいでいいか』っていう緩さが、長く続けるコツだと思っています」

テーブルの上で、竹製のざるに乾燥させたみかんの皮(陳皮)を乗せて持っている人物の手元。人物は緑色のセーターにデニムのエプロンを着用しており、落ち着いた雰囲気の室内で漢方や薬膳の素材として使われる陳皮を丁寧に扱っている様子が伺える。
みかんの皮は、干すと陳皮(チンピ)という材料になる
テーブルの上で、竹製のざるに乾燥させたみかんの皮(陳皮)を乗せて持っている人物の手元。人物は緑色のセーターにデニムのエプロンを着用しており、落ち着いた雰囲気の室内で漢方や薬膳の素材として使われる陳皮を丁寧に扱っている様子が伺える。
みかんの皮は、干すと陳皮(チンピ)という材料になる

小さなきっかけから生まれた、大きなつながり

 資格が取れたからといって、すぐに店舗が持てたわけではありません。何せ、当時の伊藤さんは専業主婦。まだ起業への想いもおぼろげでした。

 「夢みる薬膳研究室」が芽吹いたのは、とある偶然の出会いがきっかけだったといいます。伊藤さんはふと、普段通っている幼稚園の送迎指定場所で、いつも本を読んでいる若者がいることに気づきました。

今の若い人って、どんなことを考えているんだろう?」──気づけば伊藤さんは、見知らぬその若者へ話しかけていました。

 若者は国分寺のシェアスペース「ぶんじ寮」に住むメンバーで、あっという間に意気投合。その後も何度か集まりに顔を出す中で、ぶんじ寮プロジェクトメンバーと知り合い、そこにシェアキッチンがあることを知った伊藤さんは、「薬膳料理を作らせてください!」と申し入れます。こうして、ぶんじ寮とのコラボ薬膳カフェが立ち上がりました。

 初回は、韓国の参鶏湯と四物湯の薬膳スープを振る舞うカフェイベント。たちまち評判を呼び、続いて開催した台湾粥のイベントも即完売。予想以上の反響に、伊藤さんはわくわくする気持ちが止まらなかったといいます。

世代の違う人と一緒に何かをやるって、すごく楽しいなって思ったんです」

 今では物販やマルシェ出店をはじめ、最近ではパルシステムで講師を務めたり、栄養士やカフェとのコラボイベントも開催。さまざまな属性の人たちとのコラボレーションを着々と広げています。

家庭的なキッチンで並んで笑顔を見せる4人の男女。全員エプロンを着用しており、料理やワークショップの準備をしている様子。中央の棚にはジップロックなどの収納アイテムが見え、後方にはフライパンや調味料が並ぶ。温かくにぎやかな雰囲気の中、チームワークの良さが感じられる集合写真。
オープニング日には多くの仲間が駆け付けた
家庭的なキッチンで並んで笑顔を見せる4人の男女。全員エプロンを着用しており、料理やワークショップの準備をしている様子。中央の棚にはジップロックなどの収納アイテムが見え、後方にはフライパンや調味料が並ぶ。温かくにぎやかな雰囲気の中、チームワークの良さが感じられる集合写真。
オープニング日には多くの仲間が駆け付けた

「薬膳エッセンスのある暮らし」を、もっと気軽に

 「夢みる薬膳研究室」で出会えるのは、心にそっと寄り添うようなやさしい薬膳たち。苦そう、難しそうといった先行イメージからはひと味異なる、日常へ溶け込む穏やかなおいしさです。

 こだわりの店舗は、友人のクリエイターと一緒に造り上げたもの。金細工のランプやクレイアニメの装飾、客席のテーブルクロスも、すべて作家による手作りです。「夢みる薬膳研究室」という名前にふさわしく、空間そのものがワクワクの詰まった「実験室」にしていくことこそが、伊藤さんの目指すビジョンです。

暗めの室内で点灯しているヴィンテージ風の吊り下げ照明。電球の周囲にはブロンズ色の金属製シェードがあり、同心円状の模様が見られる。柔らかな光が部屋を包み込み、落ち着いた雰囲気を演出している。背景にはぼんやりと窓ガラスの反射も見える。
造形作家/関田孝将の手打ち照明
暗めの室内で点灯しているヴィンテージ風の吊り下げ照明。電球の周囲にはブロンズ色の金属製シェードがあり、同心円状の模様が見られる。柔らかな光が部屋を包み込み、落ち着いた雰囲気を演出している。背景にはぼんやりと窓ガラスの反射も見える。
造形作家/関田孝将の手打ち照明

 営業スタイルも独特です。テイクアウトのお惣菜販売は、月曜日と金曜日。ランチ営業は月に数回、事前予約優先で受け付けています。他にも月1回程度のペースで「夜の薬膳喫茶室」を行ったり、薬膳教室を主宰したりと、少ない営業日ながら、発展性には目を見張るものがあります。

「今夜のご飯に悩むお母さんたちの助けになれたら、って思います。私もかつて自転車の前後に子どもを乗せて、スーパーに行くのが大変だったから……。そんなとき、ふらっと立ち寄って、心と体に嬉しい薬膳エッセンスを持ち帰れる場所になればいいですね

木製のテーブルの上に置かれたテイクアウト用のエコ容器に盛り付けられた薬膳弁当。ご飯の上にはゆで卵の半分と蒸し鶏がのせられ、野菜の副菜(人参、れんこん、カリフラワー、きゅうりなど)や、煮込みハンバーグのような主菜も添えられている。隣には紙カップに入った白いデザート(杏仁豆腐のようなもの)とスプーンが添えられており、バランスの取れた体に優しい食事が表現されている。
夢みる薬膳研究室のごはんはどこかやさしい
木製のテーブルの上に置かれたテイクアウト用のエコ容器に盛り付けられた薬膳弁当。ご飯の上にはゆで卵の半分と蒸し鶏がのせられ、野菜の副菜(人参、れんこん、カリフラワー、きゅうりなど)や、煮込みハンバーグのような主菜も添えられている。隣には紙カップに入った白いデザート(杏仁豆腐のようなもの)とスプーンが添えられており、バランスの取れた体に優しい食事が表現されている。
夢みる薬膳研究室のごはんはどこかやさしい

 ほかにも主催する料理教室では、「代用できる食材」「家で再現しやすい分量」「無理しない調理」を大切にしています。塩気や味付けも、家庭の好みで構わない。禁止食材や、市販品の否定もしません。市販のお菓子だって、外食だって、それぞれに魅力や良さがある──それでいいのだと彼女は語ります。

「私の好きな薬膳用語に、『中庸』という言葉があるんです。異なる意見、そのどちらにも意味がある。だからこそ、“どっちでもいいじゃん”っていう緩さを愛せたらって思います」と、伊藤さん。

 無理をしない、でも、理想はあきらめない。そんな“ちょうどいい”距離感こそが、「夢みる薬膳研究室」の真骨頂なのかもしれません。

薬膳は、周囲の想いとつながる「メディア」

 伊藤さんにとって、薬膳は単なる食知識ではありません。彼女は自身にとっての薬膳を、「自分と向き合い、誰かとつながるためのメディア」であると語ります。

「私にとって楽しいのは、いろんな人とコラボレーションしながら、理想の世界観を実現していくこと。それらを繋ぐ役割を果たしているのは、今は薬膳というだけなのかもしれませんね」

 食べることが、ただの栄養補給ではなく、自らを愛するための“おまじない”になるように──。伊藤さんのやさしいひと匙が、今日もまた、このまちに住まう人の心を温めています。

夕暮れ時のモダンな住宅の玄関前で、赤いランタンを手に笑顔を見せる女性。女性は丸眼鏡をかけ、緑のセーターとデニムのジャンパースカートを着用している。背後の木製ドアにはドライ植物の装飾が掛けられており、横の窓からは室内の温かい照明が見える。玄関には黒いドアノブとインターホンが取り付けられている。
暮らしをそっと照らす場所として進化を続けていく
夕暮れ時のモダンな住宅の玄関前で、赤いランタンを手に笑顔を見せる女性。女性は丸眼鏡をかけ、緑のセーターとデニムのジャンパースカートを着用している。背後の木製ドアにはドライ植物の装飾が掛けられており、横の窓からは室内の温かい照明が見える。玄関には黒いドアノブとインターホンが取り付けられている。
暮らしをそっと照らす場所として進化を続けていく
今回取材したのは…
コンクリート打ちっぱなしの外壁に、ナチュラルな木製の玄関ドアが取り付けられたモダンな住宅の玄関。ドアには縛ったドライ植物が装飾として掛けられており、黒のシンプルなドアノブが付いている。隣には縦長の格子入りガラス窓があり、外の景色が反射して見える。スタイリッシュでシンプルなデザインが特徴の建物外観。

夢みる薬膳研究室
WEBサイトInstagram

【店舗住所】
〒183-0051 東京都府中市栄町3丁目18-47
(ご連絡の際は「府中で暮らそう!」を見たとお伝えください)

【営業時間】※詳しくはWEBサイトのカレンダーをご参照ください。
◆お惣菜販売:月曜日・金曜日
17:30~19:30

◆ランチ営業:不定期で月に数回
11:30~15:00

◆その他、イベント開催など
不定期

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この記事を書いた人

関口裕美のアバター 関口裕美 ㈱フォートリー 代表取締役

ライター。または広告をはじめとしたクリエイティブ制作事業および採用コンサルティング事業を営む株式会社フォートリー代表取締役。好きな食べ物はイギリス菓子といちごと「爺ヤンのブルーベリー畑」さんの採れ立てブルーベリー。
プライベートは1児の母。結婚を機に府中へ移り住み、季節毎にけやき並木で行われる恒例行事やイベントを家族で楽しんでいる。