

2025年1月26日(日)。府中市栄町で、ちょっと不思議なお店がオープンしました。その名も「夢みる薬膳研究室」。お店を主宰しているのは、国際機関に認定された薬膳資格の最高峰のひとつでもある『国際薬膳師』の伊藤邦恵さん。彼女はこの研究室の“室長”として、日々薬膳の面白さを説き続けています。
広告・デザインの世界を経て、子育てや自身の体調不良をきっかけに薬膳の道へとたどり着いた伊藤さん。彼女が今、府中で伝えたい「薬膳のある暮らし」とは、いったいどんなものでしょうか。
きっかけは、「また一日が始まってしまった」と思う朝
もともとは美大を卒業後、デザイン広告会社でWebデザインやプランナーをしていたという伊藤さん。中でも好きだったのは、社内外から異なる属性の人を集めて行うイベント企画の仕事。持ち前のアイデアと行動力で、家具メーカー×フードコーディネーターの異色コラボによる「仏像ナイト」など、ユニークな機会を多数設けてきたといいます。
伊藤さんのキャリアに大きな変化が訪れたのは、第一子を授かった頃のこと。つわりが酷くなり仕事を辞め、専業主婦になった彼女には、次第に産後うつの兆候が表れ始めます。そうして三児の母となる頃には、持ち前の明るさは鳴りを潜め、朝が来るたびに「また一日が始まった」と絶望するほどでした。


そんな伊藤さんが薬膳と運命的な出会いを果たしたのは、まさにこの低迷期中のこと。
「たまたま読んだ育児雑誌に、『気持ちが上がる、元気になるレシピ』が載っていたんです。それが薬膳特集でした。『これならできそうかな……』と、久々に台所へ立ったんです」
紹介されていたレシピは、意外にも、鶏肉ときのこのあんかけ茶碗蒸しというシンプルなもの。「心もからだも元気になる」というやさしいメッセージと共に紹介されていたそれを、他ならぬ自分のために作ってみたとき、彼女に大きな変化が訪れました。驚くほど心が軽くなり、今までにないほど気力が満ちてきたのです。


ひと匙の薬膳が、心と暮らしをととのえる
結局、人間が生きていくうえで主体となるのは“自分のからだづくり”なのだと思い至った伊藤さんは、そこから薬膳を学び始めます。
「最初は趣味の延長のようなもの。でも、ちょっと講座を受けてみて、アドバイザーの資格が取れた途端、すごく嬉しくなっちゃって(笑)。専業主婦になってから、初めて目標を達成できた出来事だったからかもしれません」


やがて本格的に薬膳を学び始め、中医薬膳師、国際薬膳師と資格を取得していった伊藤さん。国際薬膳師は、試験の採点自体も本場・中国で行われている、薬膳界における最高位の資格。それほどまでにディープな学びを追究しながらも、伊藤さん自身は、過度なこだわりは持たないようにしているそうです。
「薬膳って、どうしても敷居が高いと思われがち。でも、実は身近な食材だって、体に入ればすべて薬膳なんです。だって、効能がない食べ物なんてひとつもないんですから。絶対こうしなきゃ、というより『まぁこのくらいでいいか』っていう緩さが、長く続けるコツだと思っています」


小さなきっかけから生まれた、大きなつながり
資格が取れたからといって、すぐに店舗が持てたわけではありません。何せ、当時の伊藤さんは専業主婦。まだ起業への想いもおぼろげでした。
「夢みる薬膳研究室」が芽吹いたのは、とある偶然の出会いがきっかけだったといいます。伊藤さんはふと、普段通っている幼稚園の送迎指定場所で、いつも本を読んでいる若者がいることに気づきました。
「今の若い人って、どんなことを考えているんだろう?」──気づけば伊藤さんは、見知らぬその若者へ話しかけていました。
若者は国分寺のシェアスペース「ぶんじ寮」に住むメンバーで、あっという間に意気投合。その後も何度か集まりに顔を出す中で、ぶんじ寮プロジェクトメンバーと知り合い、そこにシェアキッチンがあることを知った伊藤さんは、「薬膳料理を作らせてください!」と申し入れます。こうして、ぶんじ寮とのコラボ薬膳カフェが立ち上がりました。
初回は、韓国の参鶏湯と四物湯の薬膳スープを振る舞うカフェイベント。たちまち評判を呼び、続いて開催した台湾粥のイベントも即完売。予想以上の反響に、伊藤さんはわくわくする気持ちが止まらなかったといいます。
「世代の違う人と一緒に何かをやるって、すごく楽しいなって思ったんです」
今では物販やマルシェ出店をはじめ、最近ではパルシステムで講師を務めたり、栄養士やカフェとのコラボイベントも開催。さまざまな属性の人たちとのコラボレーションを着々と広げています。


「薬膳エッセンスのある暮らし」を、もっと気軽に
「夢みる薬膳研究室」で出会えるのは、心にそっと寄り添うようなやさしい薬膳たち。苦そう、難しそうといった先行イメージからはひと味異なる、日常へ溶け込む穏やかなおいしさです。
こだわりの店舗は、友人のクリエイターと一緒に造り上げたもの。金細工のランプやクレイアニメの装飾、客席のテーブルクロスも、すべて作家による手作りです。「夢みる薬膳研究室」という名前にふさわしく、空間そのものがワクワクの詰まった「実験室」にしていくことこそが、伊藤さんの目指すビジョンです。


営業スタイルも独特です。テイクアウトのお惣菜販売は、月曜日と金曜日。ランチ営業は月に数回、事前予約優先で受け付けています。他にも月1回程度のペースで「夜の薬膳喫茶室」を行ったり、薬膳教室を主宰したりと、少ない営業日ながら、発展性には目を見張るものがあります。
「今夜のご飯に悩むお母さんたちの助けになれたら、って思います。私もかつて自転車の前後に子どもを乗せて、スーパーに行くのが大変だったから……。そんなとき、ふらっと立ち寄って、心と体に嬉しい薬膳エッセンスを持ち帰れる場所になればいいですね」


ほかにも主催する料理教室では、「代用できる食材」「家で再現しやすい分量」「無理しない調理」を大切にしています。塩気や味付けも、家庭の好みで構わない。禁止食材や、市販品の否定もしません。市販のお菓子だって、外食だって、それぞれに魅力や良さがある──それでいいのだと彼女は語ります。
「私の好きな薬膳用語に、『中庸』という言葉があるんです。異なる意見、そのどちらにも意味がある。だからこそ、“どっちでもいいじゃん”っていう緩さを愛せたらって思います」と、伊藤さん。
無理をしない、でも、理想はあきらめない。そんな“ちょうどいい”距離感こそが、「夢みる薬膳研究室」の真骨頂なのかもしれません。
薬膳は、周囲の想いとつながる「メディア」
伊藤さんにとって、薬膳は単なる食知識ではありません。彼女は自身にとっての薬膳を、「自分と向き合い、誰かとつながるためのメディア」であると語ります。
「私にとって楽しいのは、いろんな人とコラボレーションしながら、理想の世界観を実現していくこと。それらを繋ぐ役割を果たしているのは、今は薬膳というだけなのかもしれませんね」
食べることが、ただの栄養補給ではなく、自らを愛するための“おまじない”になるように──。伊藤さんのやさしいひと匙が、今日もまた、このまちに住まう人の心を温めています。



夢みる薬膳研究室
WEBサイト/Instagram
【店舗住所】
〒183-0051 東京都府中市栄町3丁目18-47
(ご連絡の際は「府中で暮らそう!」を見たとお伝えください)
【営業時間】※詳しくはWEBサイトのカレンダーをご参照ください。
◆お惣菜販売:月曜日・金曜日
17:30~19:30
◆ランチ営業:不定期で月に数回
11:30~15:00
◆その他、イベント開催など
不定期